部屋のおもいで

ハルはいまだに僕の部屋に入れない。 六年付き合ったのちの僕たちの同棲生活が三か月で破たんして、お互い別々の部屋へ引っ越してからほどなく、僕は新しい彼女を作った。 友人の紹介で知り合い、すぐに彼女との交際は始まった。 その後結局彼女と別れて、僕…

それは個性か障害か

最近、ある書籍についての内容紹介をふと目にしたとき、「これって私のこと?」と思った。それから色々と調べてみると、やはり面白いように当てはまる。 自分は、軽度の障害を持っているのかもしれない、と思った。 恋人は、「俺も調べてみたけど、ああいう…

バンドマンと結婚

給与明細を開いて思わず取り落としそうになった。 体調不良で欠勤、早退と続いていたから、少ないだろうとは予想していた。 しかし明細に記載された金額。掛け持ちのバイトも辞めた今、これではやっていけない。 自分の顔が青ざめる音というのは、実際に「サ…

地下都市とモテ

人に心があることを、忘れている間はやり過ごせる。 朝の通勤電車、休日の街中。行き交う人、人、人。 その容れ物の中すべてに、“精神”がある。 そのことが脈絡もなく唐突に意識の上にのぼってくると、たちまち恐ろしくなって足が竦む。 人の内面は、地上か…

負けたくない彼女(2018.3.2)

ちょっと読ませてよ、と言うのでスマートフォンにこのブログページを表示して恋人に手渡した。 私の部屋で二人、コタツに足を突っ込み、私は寝っ転がって、彼はコタツテーブルに肘をついて、怠惰で緩慢な時間をやり過ごしていた。 その日薄暮の時刻に、近く…

なんて魔法的

数年前、くるりのライブの最中に突如涙が止まらなくなったことがある。「どうにもならないことってあるんだ」 それは天啓のように閃き、実感となって身に浸み込んだ。 アンコール曲も終わり会場が明るくなるまでずっと、私は泣きとおした。 不思議な体験だっ…

信じるものは何

珍しく恋人が「二人のことで歌詞ができた」と言う。 売れないバンドマンの彼であるが、“彼女”について書いた曲はほとんどない。果たしてどんなものかと送られたファイルを開いてみた。 それは、年月の手でなめされた二人の日常の中で「僕はこんな風に想って…

好きかどうかわからない

2016年12月9日――。 私と恋人は上野の美術館で「ダリ展」を観て、そのあと焼肉屋へ行った。 アメ横脇の路地を地下に降りて入った店は「70分 食べ放題・飲み放題1500円」のコースを掲げていて、懐のさびしい私たちは心置きなく食事を楽しむことが…

ハンアンコタとやさしさ

「やっぱり俺アル好き」 ワインボトルを一本開けた頃、ほろ酔いの恋人が言った。 「AL(アル)」とは、元andymori小山田壮平さんらのバンドである。恋人は、小山田さんの作るandymoriの曲も大好きだった。 ALの「ハンアンコタ」という曲を一緒に聴いた。 ど…

泣きたいだけ

焼き上がった肉は固かった。 筋が多く残っていて噛み切れず、最後は「エイヤッ」と勢いをつけて飲み込まなければならなかった。 テレビも点いていない部屋で二人沈黙して、もそもそと肉をはむ。 前日の水っぽい雪はやはり積もらなかったが、外気の冷たさは部…

似てない遺伝子

彼の手が何も持たないのを見て、 「あ、忘れたな」 と言った。 「……本当に、信用がないんだね」 苦笑しながら、彼は膨らんだ肩掛けバッグを指差す。 前回、私の部屋から彼がアパートまで歩いて帰るのに、 寒すぎるから何か着るものを貸して、と言われたのだ…

雪の日の日記

アパートを出たときは、 空から落ちる白い粒が、髪やコートの上をパラパラとこぼれていく程度だった。 集合時間を二十分過ぎ、寝起きで鼻声の恋人と合流する。 ビルの九階。昼時に足を踏み入れたビュッフェの店は、 平日ということもあってか客はまばらで、 …

そこにいるふたり

今日もまた、恋人は寝た。 彼はアルコールが入るともうダメで、気付けば船を漕いでいる。 缶ビール片手にテーブルに突っ伏して、 フローリングの床に丸くなって、健やかな寝息を立てている。 二人でいて、恋人が寝てしまうたびに、私は怒る。 またか、とお互…

あなたとわたしの袋小路

随分と、変わったものだ。 手は繋いでいても、こちらに寄り掛かる心地よい重さは感じられない。 私の恋人。 「私たち、共依存の時期がたしかにあった」 そう言うと、「うん」 子供のように素直にうなずくので、 あ、自覚はあったんだ、と逆に少し驚いた。 「…

さみしさを知らない

「人を求められる人は大丈夫だよ」 かつて恋人と、もしも二人が別れたら、という話になったとき、 「俺はダメになる」と嘆いてみせる彼に対し 幾度となく言って聞かせた言葉である。 実際別れたときには、彼はすぐに新しい恋人を作ったわけで、 また同じこと…

ポップな恋人

まるで陰と陽みたい。 君が陰で、彼が陽。 私と恋人が一度別れた時、バンドマンである彼はそれをネタに曲を書いた。 「お互いそれぞれの道を歩いていこう そこで誰かと出会い、この気持ちも消える」(要約) 前向きで素直な歌詞を乗せたミディアムテンポのバ…

狂う快感

高熱である。 そして、年末である。 ヨレヨレの体に鞭打って自転車を漕ぎ、診療中の病院を探した。 玄関先に掲げられた「本日休診」の札に落胆しては引き返し、4軒目でようやく「本日診療」の病院を見つけた。 そこでの診断は『インフルエンザA型』。 「か…

恋なしでは生きられない

「はるちゃんのはまだ恋だよね。俺の方が愛に近い」 得意げにそう言ってのける恋人を、私は睨みつける。 愛の方がエライのかよ。 恋と愛とは別物だ。 恋愛、とひとくくりにされると途端に私は混乱してしまう。 私は愛がわからない。 「恋が昇華して愛になる…

罠かもしれない

「はるちゃんにとって俺は、ネネちゃんのママのぬいぐるみなんだね」 深夜一時。街灯の明かり。通り過ぎる車のエンジン音。 私と恋人は、一つの缶チューハイを分け合いながら、行き場を失くした浮遊霊のようにふらふらと漂っていた。 またつまらぬことで一方…

愛のむきだし

情動の吹きこぼれ。 自分にとっても、付き合いの長い恋人にとっても、 私のそれは馴染み深いものだ。 その日も癇癪を起こした。 恋人と、安居酒屋で、30分も経たないうちに。 口論の途中ですべてが嫌になって、私は席を立った。 「もう帰る」 「ちょっと待…