狂う快感

 高熱である。

 そして、年末である。
 ヨレヨレの体に鞭打って自転車を漕ぎ、診療中の病院を探した。
 玄関先に掲げられた「本日休診」の札に落胆しては引き返し、4軒目でようやく「本日診療」の病院を見つけた。
 そこでの診断は『インフルエンザA型』。

 「かわいそうに……」
 医師も看護師も恋人も、しきりに私を不憫がったが、
 年末年始にミッチリ詰め込んでいたバイトのシフトを“休まなければならない”こと。
 誰にも邪魔されず、一人厳かに、旧年を振り返り新年を迎えること。
 体温計が、普段見たこともない数字をはじき出すこと。
 正直なところ、それは自分にとってむしろ喜ばしいことのように思えた。

 ただ寒い。ずっと寒い。
 どれだけ着込んでも暖房の温度を上げても悪寒が止まらない。
 明瞭な意識を妨げる、溶かした蝋のような膜が脳を覆っていて、頭が重い。
 常に眠気に浸されていて、丸二日間こんこんと眠り続けた。

 そして私はその間、何かをひたすら考え続けていたようだ。
 目覚めてから、ハッと意識して掴もうとしても、もうすっかり手のひらからは逃げてしまっていて、二度とは戻ってこないような。
 しかしたしかにその痕跡は、頭にこびりついている。
 とりとめのないことだ。
 たとえば畳の目を延々数え続けるのと同じ類のこと。
 果ても途方もなく、眠りの中で私の頭は、グルグルと同じところを回り続けているのだった。

 「イカレてきてる」

 ふふ、と一人含み笑いをしながら見ると、体温計は39.5度を示していた。
 高熱が人をとち狂わせるのは本当なのだ。

 そして熱に限らず
 狂う瞬間、おそらくそこにはある種の気持ちよさがある。

 正気と狂気のあわいにのみ立ち起こる快感。
 本当に“向こう側”へ行ってしまったら、それすらわからないのかもしれない。

 恋人に対して、時折気が触れたように感情が爆発し、「ムチャクチャ」な振る舞いをするときの私も、それを感じているのか。
 むしろそれを感じたくて、気が触れたふりをしているのか。

 熱く荒い息を吐きながら、この思考も、どこまでが正気の範疇なのだろうと考える。
 いい加減、もう眠れない。