ポップな恋人

 まるで陰と陽みたい。
 君が陰で、彼が陽。

 私と恋人が一度別れた時、バンドマンである彼はそれをネタに曲を書いた。
 「お互いそれぞれの道を歩いていこう
 そこで誰かと出会い、この気持ちも消える」(要約)
 前向きで素直な歌詞を乗せたミディアムテンポのバラードは
 いまだ客からの人気も高いという。

 そんなことはつゆ知らず、同じ時期同じように別れを元にして、私は小説を書いた。
 「絶対に絶対に絶対に許さない。死ぬまで忘れない」(要約)
 禍々しい怨念がほとばしり出るそれは、ネットの片隅で
 今もひっそりと公開されている。

 この話をバイト先の同僚にしたときに、私たち二人を指して出たのが
 先の言葉である。
 「まさに陰陽師のマークみたい」


 その日私は恋人と、珍しく喧嘩をしたのだった。
 というのは、私が勝手に怒って喚いて泣いて……は頻繁にあれど、
 彼がそれに対して応戦することは稀だったからである。
 しかしそのときは、彼も機嫌を損ね、
 電話口でお互いだいぶ険悪な雰囲気になっていた。
 「とりあえず会おう」
 次の日、二人のアパートから歩いてちょうど中間地点にあるレンタルビデオ店で待ち合わせた。

 相手が怒っている、という状況に慣れていない私は
 ただただ怖くて、彼の顔を見るなりその場で泣き出した。
 面食らった彼は、店に出入りする客たちの目から私を隠すようにして、
 「ごめん」と言った。「だから泣かないで」

 「私こそ……」
 言いかけると、遮って彼は続けた。
 「いや、今回は俺が深刻にしすぎた。深刻にしすぎたことを、反省する」
 「……え?」ダメなんだよ深刻にしちゃ、俺たちは。
 「ポップにしちゃえば全部なんとかなる」


 根本は似てると思うんだけどな、俺たち。
 首を傾げながら、彼はそう口にする。
 似ている部分も多々あるが、やはりタイプ的には二人は真反対だと私は考えている。

 かつては、陰気な恋人を望んでいた。
 自分と似た気質を持った人。
 変にコンプレックスを刺激されることもなく、同じような悩みを抱え、
 陰と陰で、仲良く寄り添っていけたら。

 しかし、それではダメなのだ。
 一緒に穴に落ちてしまった場合、
 下手したら底から二人とも這い上がって来れなくなる。
 そして、気丈に一人立ち続けていられるだけの自信は、私にはない。
 『共倒れ』
 いつからか、いいなと思う男性でも、似た気質を感じ取ると、
 まるで危険信号が点るように、頭の中でその文字が点滅するようになった。

 「だって俺まで深刻になっちゃったら、終わるよ俺たち」
 発泡酒片手にカニカマをつまみながら、平然と言ってのける恋人のことは
 真実憎たらしい。
 「……私たちって、オードリーみたいなもの?」
 「はるちゃんが若林で、俺が春日?」
 ハハハ!と笑って彼は言う。驕りすぎ。はるちゃんも俺も、あんなにすごくないでしょ。
 「でも、いいコンビなんじゃない?」
 差し出された大人のカニカマ(カニ酢付き)は、たしかにとても美味しかった。