愛のむきだし

 情動の吹きこぼれ。
 自分にとっても、付き合いの長い恋人にとっても、
 私のそれは馴染み深いものだ。

 その日も癇癪を起こした。
 恋人と、安居酒屋で、30分も経たないうちに。
 口論の途中ですべてが嫌になって、私は席を立った。

 「もう帰る」
 「ちょっと待ってよ」
 アルコールの入った彼もまた、常より冷静さを欠いていた。
 強めに腕を掴まれて、いよいよ涙が出てくる。

 今日は気分が上がらないからって、最初に言っておいたじゃん。いつもの私じゃないの。
 なのになんで言い返すの。
 なんでこっちの状態を考えてくれないの。
 酔客が席を埋める店内で、私は泣きながら彼に訴えた。
 「じゃあはるちゃんがそういうときは、なんでもそうだねって、言い返しちゃいけないの?」
 そうだよ、とふて腐れると
 「ムチャクチャだよ」
 ため息をついたあと、私の顔を見据えて彼はハッキリと言った。はるちゃんそれはね。
 「“良太郎状態”だよ」

 「ハァ?」
 彼が説明したところによると、なんでも某二世タレントが不祥事で捕まった際の会見をたまたまテレビで見たのだそうだ。
 タレントは沈痛な面持ちで
 「自分はこんなにつらいのに。どうして誰もわかってくれないんだ」
 というようなことを訴えたと言う。
 「過保護に育てられて、甘やかされたまま芸能界に入っちゃって。そこでも許され続けて、わからないんだよね」
 恋人は私を、その人と同じだと言ったのだ。

 一瞬引いた涙が、今度は違う意味を持ってまぶたから零れた。

 わかっている。
 甘やかされてきた。
 遠慮なく叱ってくれるはずの、友人は一人もいない。
 恋人も、許してくれる人でなければ付き合えなかった。

 幸か不幸か、それでここまで来てしまった。
 仮にこの私を不幸だとして、親やかつての恋人たちに責任転嫁しそうになる自分をまた末期だと思う。
 結局その日も恋人に許されてしまった。


 はじめは、これまで書き溜めてきた日記をここで晒そうかと考えていたのだ。
 日記、とはいっても、日々の出来事より主に感情の記述が中心である。
 膨大な量のそれを今回改めて読み返し、やはりやめた。
 読んでいくうちに、胸焼けと、暗鬱な気分にひたされたからだ。

 そこには、私の愛がむきだしで溢れていた。
 “自己愛”という名の愛が。