2018-01-01から1年間の記事一覧

部屋のおもいで

ハルはいまだに僕の部屋に入れない。 六年付き合ったのちの僕たちの同棲生活が三か月で破たんして、お互い別々の部屋へ引っ越してからほどなく、僕は新しい彼女を作った。 友人の紹介で知り合い、すぐに彼女との交際は始まった。 その後結局彼女と別れて、僕…

それは個性か障害か

最近、ある書籍についての内容紹介をふと目にしたとき、「これって私のこと?」と思った。それから色々と調べてみると、やはり面白いように当てはまる。 自分は、軽度の障害を持っているのかもしれない、と思った。 恋人は、「俺も調べてみたけど、ああいう…

バンドマンと結婚

給与明細を開いて思わず取り落としそうになった。 体調不良で欠勤、早退と続いていたから、少ないだろうとは予想していた。 しかし明細に記載された金額。掛け持ちのバイトも辞めた今、これではやっていけない。 自分の顔が青ざめる音というのは、実際に「サ…

地下都市とモテ

人に心があることを、忘れている間はやり過ごせる。 朝の通勤電車、休日の街中。行き交う人、人、人。 その容れ物の中すべてに、“精神”がある。 そのことが脈絡もなく唐突に意識の上にのぼってくると、たちまち恐ろしくなって足が竦む。 人の内面は、地上か…

負けたくない彼女(2018.3.2)

ちょっと読ませてよ、と言うのでスマートフォンにこのブログページを表示して恋人に手渡した。 私の部屋で二人、コタツに足を突っ込み、私は寝っ転がって、彼はコタツテーブルに肘をついて、怠惰で緩慢な時間をやり過ごしていた。 その日薄暮の時刻に、近く…

なんて魔法的

数年前、くるりのライブの最中に突如涙が止まらなくなったことがある。「どうにもならないことってあるんだ」 それは天啓のように閃き、実感となって身に浸み込んだ。 アンコール曲も終わり会場が明るくなるまでずっと、私は泣きとおした。 不思議な体験だっ…

信じるものは何

珍しく恋人が「二人のことで歌詞ができた」と言う。 売れないバンドマンの彼であるが、“彼女”について書いた曲はほとんどない。果たしてどんなものかと送られたファイルを開いてみた。 それは、年月の手でなめされた二人の日常の中で「僕はこんな風に想って…

好きかどうかわからない

2016年12月9日――。 私と恋人は上野の美術館で「ダリ展」を観て、そのあと焼肉屋へ行った。 アメ横脇の路地を地下に降りて入った店は「70分 食べ放題・飲み放題1500円」のコースを掲げていて、懐のさびしい私たちは心置きなく食事を楽しむことが…

ハンアンコタとやさしさ

「やっぱり俺アル好き」 ワインボトルを一本開けた頃、ほろ酔いの恋人が言った。 「AL(アル)」とは、元andymori小山田壮平さんらのバンドである。恋人は、小山田さんの作るandymoriの曲も大好きだった。 ALの「ハンアンコタ」という曲を一緒に聴いた。 ど…

泣きたいだけ

焼き上がった肉は固かった。 筋が多く残っていて噛み切れず、最後は「エイヤッ」と勢いをつけて飲み込まなければならなかった。 テレビも点いていない部屋で二人沈黙して、もそもそと肉をはむ。 前日の水っぽい雪はやはり積もらなかったが、外気の冷たさは部…

似てない遺伝子

彼の手が何も持たないのを見て、 「あ、忘れたな」 と言った。 「……本当に、信用がないんだね」 苦笑しながら、彼は膨らんだ肩掛けバッグを指差す。 前回、私の部屋から彼がアパートまで歩いて帰るのに、 寒すぎるから何か着るものを貸して、と言われたのだ…

雪の日の日記

アパートを出たときは、 空から落ちる白い粒が、髪やコートの上をパラパラとこぼれていく程度だった。 集合時間を二十分過ぎ、寝起きで鼻声の恋人と合流する。 ビルの九階。昼時に足を踏み入れたビュッフェの店は、 平日ということもあってか客はまばらで、 …

そこにいるふたり

今日もまた、恋人は寝た。 彼はアルコールが入るともうダメで、気付けば船を漕いでいる。 缶ビール片手にテーブルに突っ伏して、 フローリングの床に丸くなって、健やかな寝息を立てている。 二人でいて、恋人が寝てしまうたびに、私は怒る。 またか、とお互…

あなたとわたしの袋小路

随分と、変わったものだ。 手は繋いでいても、こちらに寄り掛かる心地よい重さは感じられない。 私の恋人。 「私たち、共依存の時期がたしかにあった」 そう言うと、「うん」 子供のように素直にうなずくので、 あ、自覚はあったんだ、と逆に少し驚いた。 「…

さみしさを知らない

「人を求められる人は大丈夫だよ」 かつて恋人と、もしも二人が別れたら、という話になったとき、 「俺はダメになる」と嘆いてみせる彼に対し 幾度となく言って聞かせた言葉である。 実際別れたときには、彼はすぐに新しい恋人を作ったわけで、 また同じこと…

ポップな恋人

まるで陰と陽みたい。 君が陰で、彼が陽。 私と恋人が一度別れた時、バンドマンである彼はそれをネタに曲を書いた。 「お互いそれぞれの道を歩いていこう そこで誰かと出会い、この気持ちも消える」(要約) 前向きで素直な歌詞を乗せたミディアムテンポのバ…