負けたくない彼女(2018.3.2)

 ちょっと読ませてよ、と言うのでスマートフォンにこのブログページを表示して恋人に手渡した。
 私の部屋で二人、コタツに足を突っ込み、私は寝っ転がって、彼はコタツテーブルに肘をついて、怠惰で緩慢な時間をやり過ごしていた。


 その日薄暮の時刻に、近くの街で夕食を、と落ち合った。
 ウロウロと歩き回り、ピザハウス、回転寿司、行列のできるカレー屋などの店先を覗いてみるも決められず、
「S君(恋人)が決めて」
 と私は投げた。彼は即答で「○○」と、下町大衆居酒屋の名を口にする。俺に選ばせるとそういう店になるよ、と笑うので、私は改めて立ち並ぶ飲食店を検分し始めた。
 以前彼に付き合ってそういう店に入ってみたら、店内をぐるりと占めるコの字型のカウンターに人一人分の余白もなく客がひしめき合い、酔客の喧騒と店員の活気にあてられて、私は尻の据わらない思いをしたのだ。
「ああいう店も、たまにならいいんだよ?」と言いながら結局落ち着いたのは安定のカツヤ。しゃぶしゃぶ食べ放題90分999円。我ながら退屈な落としどころである。

 ペラペラの豚肉を湯がいては次々に平らげ、店を出る頃には二人ともすっかり腹がくちくなった。それでも途中のコンビニで、私はピーナッツチョコレート、彼はつまみとワンカップの日本酒を買う。
 最寄駅から出た途端、カパ、と音を立てて蓋を開け、さっそくワンカップをあおり始める彼。私もチョコレートをつまむ。
「意外に合うんだ。チョコと」
 とカップ酒を差し出すので一口含んでみるが、苦い。喉の奥がカァッとなって、すぐに彼の手に押し戻した。
 そうしているうちに、部屋へ帰り着いた。


「ハァ、なるほどね」
 区切りのついたらしい彼が声を出したので、私は読んでいた本を伏せ起き上がった。
 そこから怒涛のダメ出しである。
「まず……」と全体の感想から始まり、次に「ここは……」と細部の落ち度を指摘し講釈を垂れる。
「酷なこと言うようだけど」という前置きが、いたずらに私を縮こまらせた。

「はぁ……。はい……」
 冷徹な教師に叱りつけられた小学生のようにおとなしく返事をしながら、「本なんて、私より全然読んでいないくせに」と心の中で悪態を吐いた。しかし彼の言うことは存外的を得ているのだった。それでも悔しいのに変わりはない。
 身を捩って傍らのクッションに顔を埋めると、悔しさに涙が出てきた。
 彼は続ける。
 これまであまりに泣きすぎて、私の涙は彼にもう動揺を与えることもないらしい。

「S君は、一回も私を褒めてくれたことがない」
 ポツンと呟いてみると、思いのほか勢いがつき、起き上がって私は言った。
「S君に褒められたい。はるちゃんて本当はすごいんだ、頭いいんだって思われたくて書いてる」
 これほど頭の悪い発言もあるまい。さすがに彼も呆れて物も言えない様子であった。
 それでも私は、やけくそのように言ってしまってから、その幾分かには本気が含まれていることに今さら気付いた。

「はるちゃんは、なぜか俺のことを“ライバル”だと思っているね」
 あるとき首を傾げながら彼が言い、自分でも思い当たる節があったので一緒になって首を傾げた。
 彼の音楽、もしくは彼自身が評価されたような話を彼の口から聞くと、「すごいね!」と言いながらもどこかで悔しいと思っている。
 彼の“彼女”としておそらく喜ぶべきところで、私は「負けたくない」と思っている。
 バカにしていたいのかな。
 いつまでも上に立っていたいのかな。
 他人に頭が悪いと思われる分には「仕方ない」と思えるが、恋人が私をバカにすることは許さない。
 昔付き合っていた人には「あんたは、俺のこと下に見てるもんな」と言われた。
「見下せる人でないと、付き合えないのかもしれない」
 思いつくままにつらつらと口にしていると、
「それは」
 それまで黙って聞いていた恋人が呟いた。
「最低だな」

 そんなことを思い出していると、いい加減に飽きたのか私に向かってスマホを放り、あくび交じりに彼は言った。
「第一、書かれてる俺がそれを褒めるっていうのもどうなの」
 それもそうか?とうなずいた。